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1969年アメリカ (サンフランシスコ)生まれ。
6歳の時、母とともに日本に移住。
12歳から本格的にバレーボールを はじめ、文京区立十中3年で全国優勝を果たす。 その後、全日本ジュニアメンバーと してアジアジュニア選手権で優勝。
87年早稲田大学人間科学部スポー ツ科学科に入学。 関東大学リーグ6部最下位にあった早大を2部優勝まで導く。
91年2月に単身渡米し、アメリカ ナショナルチームの「トライアウト (入団テスト)」に合格。 ナショナルチームでのトレーニング を開始する。
92年バルセロナ五輪で銅メダル獲得。
96年アトランタ五輪では日本チーム を相手に奇跡の逆転勝利の立て役者 となる。
96年実業団チームの東芝シーガルズ(現・岡山シーガルズ)へ、 翌97年からダイエーオレンジアタッカーズとプロ契約しVリーグでプレー。 休部予定のダイエーチームの3年ぶり、
2度目の優勝に貢献。
98年プロチームとして新生した オレンジアタッカーズ(現・久光製薬スプリングス)の一員としてプレー。
99年の皇后杯黒鷲旗(全日本選手権大会)で2連覇。優勝した3大会すべてにおいて、 メンバー一人一人の潜在能力を十二分 に活かすセッターとしての、その奥深い技量に対してベスト
6が贈られる。99年6月、現役を引退。
現在はスポーツキャスターとして、テレビ、ラジオ出演のほか、講演、解説、バレー教室、エッセー執筆など幅広く活動している。
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