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ロサンゼルスからさらに南へ150マイル、 国境の街、サンディエゴ。
街の東側に長く美しい海岸線が続くこの街で、YOKOはナショナルチームの選手 として、6年間を過ごしました。
オープントライアウト (公開入団テスト) に合格した時から覚悟はしていましたが、 この国のトップアスリートの世界は、まさに実力主義の社会でした。
チームが選手達に求めるのは、ただ、チームに必要な戦力であることを証明し続けることだけ。 突然の解雇通知に、独り ロッカールームを出て行くチームメイトを見送ることは、一度や二度ではありませんでした。
そんな時、YOKOは寂しさを感じる一方で、 「バレーボールにすべてを賭けている人たちだけの世界に、いま、私は生きている!」 と、この上ない幸福を感じるという、相反する複雑な思いで、胸がいっぱいになったのでした。
オリンピックのメダルを夢みて、ここまで バレーボールを続けてきたYOKO。
日本では紆余曲折のバレー人生を歩んできた彼女にとって、誰に気兼ねすることなく、思いきりバレーができるサンディエゴでの競技生活は、彼女が夢見ていた
「ネバーランド」 での生活でした。
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