高校、大学の七年間、私のバレーボールのコーチは自分の母親だった。すっかり弱くなり「かつての名門」に成り下がった母校のチームを立て直すべくコーチに就任したのだった。
期待とともに始まった練習に、来る日も来る日も基本の繰り返し。私自身、中学時代にずいぶん基礎をやってきたつもりだったが想像以上に細かい部分を指摘される。
とりわけ面白かったのが「ジャッジの練習」。後方のエンドライン近くに打たれたサーブを受けるとき、味方をフォローするように動いて「イン」「アウト」を教える。なぜこんな練習をわざわざするのか不思議だった。サーブレシーブだけ練習すればすむ話に思えたのだ。
母いわく、「あのワンプレーのおかげで逆転負けを食らったのよ。決勝でね」と、自身が現役だったころの話をし始めた。
リードしていた試合で、一人の選手がふらふらとアウトボールに近づいていき、こともあろうに頭に当て、弾いてしまったという。ここからチームのリズムは崩れ、優勝を逃したそうである。四半世紀前の教訓がわれわれ高校生の練習に生かされていたというわけだ。
どの世界においても基本が大切なのは共通している。しかしこれを習得するのは、退屈で根気のいる作業だ。教える方も一苦労だが、私はこどもたちの想像力を拝借し、常にラストゲームを意識させている。
舞台は五輪の決勝。ファイナルセット。敵は一点差に迫っているが、あと一点で夢にまで見た世界一になれる。ボールが自分の方へと来る。さあ、あなたは、この一球をどうする?
(’03.7.23)
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