Atlanta 1996 that night,She has written on the back of her right hand ,in japanise "Make everything possible"
海外行ったら現地の人とコーヒーを
古き良き日本の精神 捨てるのではなく糧に


日本では約半年後に長野冬季オリンピックを控え、地元の長野県のみなさんを中心に、五輪カラーに染まりつつあるかと思います。 前回のリレハンメル大会のとき、私はアトランタ夏季オリンピックを2年後に控えていました。
種目の違いはあれど、空にひるがえる五輪の旗と表彰台の上の選手の表情をテレビにかじりついて見ながら 「アトランタでは私も・・・」 と胸を熱くしたのを覚えています。アトランタから1年が過ぎた今、たくさんのことが思い出されます。
オリンピックを経験して、私が 「これはユニークなアイデア!」 と思ったことを、今回はご紹介しましょう。

オリンピックを生で見たい場合、いちばん苦労するのが宿泊先の確保。 便利な場所は大企業の予約で満杯になってしまうし、運良く空きがあったと思ったら、その場で卒倒しそうな宿泊料といった始末。 わが子、妻、夫の晴れ姿を何とか見たいと思っている選手の家族の苦悩はつのるばかり。

そこでその解決策として、アメリカの大手長距離電話会社のAT&Tが中心となり、アトランタ市とその近郊でホストファミリーを募集したのです。 選手の家族や友人に一定期間無料で部屋を提供し、可能であれば食事、車なども準備してくれることを条件に、その見返りとして数枚のイベントチケットと、選手に直接会えるという可能性だけがホストファミリーに与えられました。

私は試合が終わって明日は休みという日、家族とともにホストファミリーの所に泊まりに行きました。 真夜中を過ぎていたにもかかわらず、起きて待っていてくれて、ドアを開けた途端、抱擁されて、ジーンと涙腺が緩んでいくのを感じたことが、昨日のように思い出されます。 出掛けに 「GO USA!」 とハッパをかけられ、試合に勝ったといっては一緒に狂喜乱舞し、最後の一戦まで、とことん応援してくれました。

オリンピックが終わって明日は帰るという日の夜、ホストファミリーになってくれた三家族と食事をし、本当の家族との別れを惜しむかのように泣いてくれたのが、とても印象に残っています。
スポーツという言葉の語源の通り、まさに全員がオリンピックを 「楽しめた」 アイデアだったと思います。
メダルを取ることもさることながら、スポーツが国境や人種の枠を超えて強い絆を生み出すのを体験できたのは、何物にも替えがたい私の宝物として残るでしょう。


(デイリースポーツ'97. 7. 22)
ヨーコ・ゼッターランドのスポーツ東西見聞録より

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