セ・リーグはヤクルト、パ・リーグは西武の優勝が決定し、テレビでは早速、日本シリーズの宣伝を見かけている今日このごろです。
私が野球に興味を持って見るようになったのは、今を去ること11年前、高校3年生の秋でした。
高校でのバレーボール生活を終えた私は、やっと少しバレーボール以外のスポーツにふれられる時期がもてるようになり、そんな時に知り合いの方に 「野球を見に行かないか」 と誘っていただきました。
日記をつけない私の記憶が正しければ、1986年9月27日、西武対近鉄のペナントレース優勝をかけての3連戦の1日目でした。
「天王山の戦い」 という言葉を教わり、折しもその日は、清原和博選手が高卒新人のホームラン新記録を出すかどうか、話題となっていました。
清原選手が西武に入団した時から、ニュースなどで活躍ぶりは知っていましたが、競争の激しいプロ野球の世界で、優勝争いをしているチームの四番打者になる選手ってどんな人なんだろうと、実際に目の前で見られることに心躍る思いでした。
試合が始まり、バッターボックスのすぐ後方の記者席というオイシイ場所に座っていた私は、清原選手が第1打席に立つまでの一挙一動を見ながら、
「この人は、この打席で絶対にホームランを打つ」
と確信していました。 と、同時に机の下にあった私の足は、がくがくと震えだしてしまったのです。
ああ、この人は自分が何ができるのかを知っているんだ。 そして、自分に対して絶対の自信を持っているんだ。 この大事な場面で、全身に揺るぎのない自信を漂わせている清原選手は“本物”なんだと感じたからです。
この日、彼は27号、28号とホームランを打ち、新記録を達成。 チームも勝利を収め、私はというと、ほとんど放心状態で帰宅の途につきました。
自分を信じることの大切さ、そして “本物” と言われる選手は、大事な場面でこそ、底力を発揮するものだということを改めて目の当たりにしたことは、世界一のセッターになりたいと思い始めていた17歳の私にとって、衝撃的な出来事だったのです。
「天は自ら助くる者を助く」
という言葉がありますが、私は自分を救えるのは、自分しかいないのだと解釈をしています。
人間は不思議なもので、出来ると思ったら何でもできるし、その逆のケースもあります。
自身の能力と可能性を信じるところから、すべてはプラスの方向に回りだすのだと思います。
頑張れ、清原。
(デイリースポーツ'97.10.14)
ヨーコ・ゼッターランドのスポーツ東西見聞録より
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