ついにスタートしました、第4回Vリーグ。 世の中あふれんばかりにさまざまなスポーツイベントがありますが、バレーボールを本職としております私にとっては、待ち焦がれて、危うく開始前に燃えカスになるかと思ったほど待ち続けたイベントです。
これから3月8日までの3カ月間、バレーボールの日本一のチームを目指して、熱い女の闘いが繰り広げられることになります。 この場をお借りして言うのもナンですが、機会がありましたら是非、ご来場ください。
今シーズン、テーマとして掲げた “Heart&Soul” のバレーボールを見ていただければ、と思っております。
今まで何度となく、私自身のバレーボール人生を通して感じたことや、考えたことなどを書いてきましたが、じゃあそのバレーボールとは、私にとって一体どんな意味合いをもつものなのか。 それは、自分のすべてを賭けても惜しくないほど、愛おしいものなのです。
試合の始まる前なんて、初期の恋愛感情にも似たような気持ち。 ホラ、待ち合わせなんかしてると、その人が来るまでドキドキしちゃって、用もないのにうろうろ歩きまわって 「早くこないかなぁ」 と思いつつ、ナーバスになったりする気持ち。
そんなところからスタートして、試合が進むにつれて、ボールと自分の間に誰も入りこめない静かな一体感が生まれ始める。 自分の心を開いて、すべてをさらけ出して、またボールのすべてを受け入れて初めて、私自身がボールを通して表現され、ボールは私の両手を通して躍動感のあるものになっていくのを感じます。
不思議なもので、無意識のうちにでもボールをがんじがらめに扱おうとすると、逆に自分がからまってしまって、ボールは遠くへ逃げてしまう。 血の通った人間に接しているわけではないのに、ものの見事に人間関係の全容をうつし出してくれる。 そして少しずつ 「人生とは何ぞや」 という、大いなる疑問に答えてくれる。 自分のすべてを賭けて、どっぷりと浸かりこんでも、色々な形で受けとめ、受け入れ、答えをくれるなんて、これ以上の許容力、包容力をもったものはないのではないかと思う私です。
一生のうちで、自分が熱く燃えられるものに出会えることって、そう何度もありません。 それに出会えて、共に生きている私は、すごくラッキーだと思います。
バレーボールと共に灰と化すまで・・・。
などという自分の姿を想像したら、また自己陶酔の世界に入ってしまった。 ホント、私って幸せもんかもしれません。
(デイリースポーツ'97.12.09)
ヨーコ・ゼッターランドのスポーツ東西見聞録より
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