Atlanta 1996 that night,She has written on the back of her right hand ,in japanise "Make everything possible"
幸運は日々の努力が呼び寄せる
感動が感動呼ぶ観客の声援


1997年最後の原稿を、サンディエゴの我が家で書いています。 リーグ戦の合間の、わずかなクリスマス休暇を利用して帰ってきました。

例年になく多い雨で空気が澄んでいるのも手伝ってか、経由地のロサンゼルス上空からは、海と空が溶け合うようなブルーが目の前にあふれていました。
The City of lost Angeles − 天使たちの迷える街、
とはよく言ったものです。

このコーナーで書かせていただくようになってから半年近くになりますが、ヨタヨタしつつもここまでこられたのは、支えて下さった皆さまと、文明の利器、ファクシミリのおかげだと思っております。
「あー、もうダメ。 ネタ切れで書けないよぉ」
と、まっ白な原稿用紙を目の前にじたばたしているのを見て、 「ぐたくた言ってないで早く書きなよ。 遊ぶ時間が減るでしょっ」 としった激励?してくれた友人たち。 原稿は書けたものの、試合地への移動中で送信機器にありつけず、体育館に着くや事務所に駆け込み、ファクシミリを貸していただいて危機を免れたり、等々。 毎回冷や汗もんでしたが、皆さまホントに、ありがとうございました。

B型のぎりぎりにならないと物事を始めない性格は、直りそうにありません。 しかし追い詰められると、バカ力を発揮する特性をもちあわせていることで、お許しいただきたく思います。 来年も頑張りますので、どうぞよろしくお願い致します。

今年1年を振り返ってみて、自分の競技生活を中心としたもろもろの出来事や、場面を思い出してみると、いつの時もそこに “静” と “動” が向き合う形で存在していたような気がします。
自分の持っているもの、与えることのできるものをすべて、自分の外に出したいと思っている動の自分。
自分の周囲で起こること、それがプラスであるにせよ、マイナスであるにせよ、自分の中に取り入れたい、受け止めたいと思う静の自分。
私の中で、両極にあるものを同時に存在させることができる一面があったなんて、私自身のことなのに、新鮮な発見でした。

人って何故か、概念にとらわれたり、固定観念に縛られて生きているケースが多いようですが、これって人生の大半、スゴイ損している気がする。
他人から与えられた、あるいは知らないうちに、自分で入り込んだ囲いの中にとどまっていれば安全かもしれないけれど、新しい環境や違う自分の一面に出合えぬまま、終わってしまうと思う。
人の持っている可能性は、無限だと思います。
本当かどうか・・・、 それは自分の目で確かめて下さい。 勇気をもって。


(デイリースポーツ'97.12.30)
ヨーコ・ゼッターランドのスポーツ東西見聞録より

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