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新春、明けましておめでとうございます。
バレーボール選手としてはベテランであっても、人生と文章を書くことにおいては、まだまだ未熟者の私ですが、ズッコケては学ぶことを繰り返して、今年もちょっとずつ成長していこうと思っております。
本年も、どうぞよろしくお願いいたします。
皆さまは98年の夜明けを、どのようにして迎えられたのでしょうか。 初詣で、初日の出を見に行った、炬燵(こたつ)にミカンで紅白歌合戦を見た、などなど。
悔しいことに私は、そのどれにも当てはまらず、短期間に2度も日付変更線を越えたおかげで、ひどい頭痛(私にしては大変珍しいこと)におそわれて、着替えもそこそこに、床にもぐりこんでしまいました。
しかも翌朝の元日、9時半から練習ときたもんだから 「年明けからツイてない・・・」 と思いつつ、まだボーッとした頭とチームへのお土産をかかえて、体育館に向かいました。
「あー、ツイてない」 「運が悪い」 「私って、チャンスに恵まれない」。
日常の何気ない会話の中で耳にする、これらの言葉の意味について、私は思うところが多々あります。
ツキとか運とかチャンスというものは、本当に向こうからしかやってこないのだろうか、と・・・。
チャンスや運は、自分の手でつかみ取るのが本当ではないか、と。 そしてひとたびつかんだら、決してそれを自らの手で離すようなことをしないのが、本当ではないでしょうか。
アメリカナショナルチームの時、チームに入ったその日から5年間、控えの選手として来る日も来る日も、どうすればスターティングメンバーになれるかを考えて、プレーをし続けました。
監督が私を起用した時といえば、9割5分がたは、チームが大量得点差で負けていて、にっちもさっちもいかない状況でした。 でも私は知っていました。
自分の力を唯一アピールできるチャンスが、自分の目の前にあることを。
監督もチームも、観衆までもあきらめかけているゲームであったとしても、それがチャンスであるならば、みすみす自分の前を素通りさせてたまるかと、がっちりしがみついてたらアラアラ不思議なことに、あけてビックリ玉手箱。
試合で勝利をおさめていたりなんかして・・・。
私はチャンスや幸運は、日々の努力によってつくり出され、呼び寄せられるものであり、これらはピンと張られたアンテナにしか、ひっかかってこないものだと信じています。
え? 果報は寝て待て?
ホラホラ。 目の前を通り過ぎてますよ。
そう言っている間にネ。
(デイリースポーツ'98. 1.06 )
ヨーコ・ゼッターランドのスポーツ東西見聞録より
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