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長野冬季オリンピック開催まで、残すところ4週間弱になりました。 聖火リレーも始まり、毎日スポーツニュースをみながら、ドキドキ、ワクワクしています。
今、どっぷりつかっているバレーボールは夏季オリンピック種目ですが、もしかしたら冬季オリンピックに出ていたかも・・・などと考えることもあります。
(ちょっと自信過剰かしら?)
実は私、3歳から6歳までフィギュアスケートをならっていました。 サンフランシスコ市内のスケートリンクに毎週1回通っていたのですが、楽しくて楽しくて仕方がありませんでした。
もっとも私の母いわく、 「フィギュアの優雅さのカケラも見えず、どちらかと言えばぶっとばしのスピードスケート」 だったとか。
失礼な・・・。
好きでレッスンを続けていたものの、そのうち身体の規格が競技に適さなくなり(足が大きくなりすぎて合う靴がなかった、背が伸びすぎた・・・etc)泣く泣くスケートをあきらめました。
もし、あのまま続けられていたら、私も “氷上の妖精” と、まではいかなくても、ちょっとはイケたかも。 なんてフトドキな考えをもったりもしました。
そうこうしているうちに、バレーボールのとりこになり、十数年の歳月を経て、よろよろしつつも2度オリンピック出場と、1コの銅メダルという幸運に恵まれました。
オリンピックという言葉を耳にする度に思い出されるのは、私にとって初出場となったバルセロナでの開会式です。 五輪最終予選の代表メンバーからもれたり、手の骨を折って手術したり、ということを乗り越えた末につかんだ、バルセロナ行きの切符。
その待ちに待った五輪の幕開けの入場行進で、フィールドに向かって歩き出した私の目の前に広がった光景に感動して興奮して、もうその場に倒れそうになってしまいました
。寄せては引く観衆のどよめきに酔いしれながら、手にもった小さなスペインの国旗を力いっぱい振って歩いていたのが、つい昨日のことのよう・・・。
フィールドの上に立ちつくしつつ、ふと横を見るとUSAチームのコーチらしき人が、 「ついにオレはオリンピックに来たんだ」 と滂沱(ぼうだ)しているのを見て、私もぐっと胸に、熱いものがこみあげてきました。
あふれる想いをおさえきれず、隣に立っていたチームメイトと思わず花火飛び散るバルセロナの夜空の下で、しっかと抱擁しあいました。
様々な想いを胸に秘め、世界の頂点を目指すアスリートたち。 長野の空は、どのように彼らの目に映るのかなぁ、と思いを巡らせる私です。
(デイリースポーツ'98. 1.13 )
ヨーコ・ゼッターランドのスポーツ東西見聞録より
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