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オリンピックの聖火も、日本国内のそれぞれのルートから、ついに開催県である長野へと入りました。
,実をいいますと私めも、聖火リレーのランナーとして参加してもらえないかと依頼があり、大変うれしく思っていたのですが、私自身がバレーボールのリーグ期間中ということで、断念せざるを得ませんでした。
オリンピックには2度、選手として出場しましたが、開会式の時に聖火ランナーが、スタジアム内に入場して来て場内を1周する姿を見て、一度は聖火を持って走ってみたい、とかねがね思っていました。
せっかくお話を頂いたのに、走ることができなかったのは残念でした。
が、先々週の金曜日のこと・・・。
試合のために奈良に行き、練習を終えてホテルに戻り、夕食まで時間があるというので、近くの商店街へのこのこと出掛けて行きました。
寒かったのでホットコーヒーを買って、手を温めていると、何やら人ごみの向こうから聞こえてくるスピーカー音。
ムム、これはもしや、聖火リレーの通り道か!?
まさか、滞在先の目と鼻の先を通るなんて・・・。
と、ちょっぴり悔しい気持ちになるのを覚えながら沿道に立ち、「がんばれー」 とジョージアのコマーシャルの飯島直子ちゃんのように、声援を送ってしまいました。
聖火リレーもオリンピック競技の様子も今や、衛星放送やインターネットですぐに、情報が入手できる時代です。 メディアという媒体を通して、私たち選手の一喜一憂する姿が世界の隅々まで流れていきます。
私が学生だった10年前と比べると、隔世の感があります。 もう少し若かりしころも、インタビューを受ける機会は多々ありましたが、当時は自分の口から発せられた言葉の数々が、どのようにして広まり、人々にどういった印象を与えるのか、などはあまり深く考えずに、自分の思うままのことを話していたような気がします。
自分なりの経験と、常識と、言葉のボキャブラリーとを組み合わせ、自分自身を表現してきましたが、まずまず無難に今日まで乗り切ってきたのではないかな、というのが自分に対する評価です。
社会人と呼ばれるようになり、またスポーツでは一国の代表という立場になってから、他の競技者のインタビューの様子を、以前より多く、そして注意深く見るようになりましたが、やはり見る側にとっては、受ける印象によって競技や選手に対する興味の度合いが変わるものだな、とつくづく思います。
来週はこれに関連して、私がアメリカで体験した 「メディア・トレーニング」 についてお話しましょう。
(デイリースポーツ'98. 1.27)
ヨーコ・ゼッターランドのスポーツ東西見聞録より
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