Atlanta 1996 that night,She has written on the back of her right hand ,in japanise "Make everything possible"
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ついに開幕となりました、長野オリンピック。

2ヵ月月半ほど前に私自身は試合のため、松本市を訪れました。 松本駅の改札口を出ると、私の目に飛び込んできたものは
「オリンピック開幕まであと○○日」
の文字が映し出されていた、大きな電光掲示板でした。 あの時点ではまだ、残り100日を切ったか切らないかぐらいで、ずいぶん先のことのように思えましたが、あっという間に開幕してしまった、という感じです。

現地に出向いていって、この目で直接観戦することができないので、連日ブラウン管を通して伝えられる選手たちの熱い闘いぶりに、くぎ付けになっています。 真っ白な雪の斜面、あるいはリンクの上を舞う、色とりどりの鮮やかなユニホームも、見る人たちの目を楽しませてくれます。

私が今回のオリンピックで興味をもって見ている種目のひとつに、アイスホッケーがあります。 生で見たのは過去に一度だけ。 アメリカ中西部をツアーでまわっていた時、NHLシーズンの真っ最中で、たまたま観戦する機会がありました。 ルールもよく知らずに見ていたのですが、まさに 「体を張って」 の競技の迫力に自分の口がボーと開いてしまっていたのを覚えています。

氷上の格闘技とも言えるアイスホッケーの試合も楽しみですが、私はこのオリンピックの始まる直前に日本に帰化し、胸にメープルリーフではなく、日の丸をつけて戦うことになった選手たちに、私自身の姿を少し重ね合わせつつ、注目しています。

私はアメリカで生まれて日本に移り住み、日本でバレーボールを始めて、高2の時に日米重国籍者となり、22歳で米国籍を選択し、米国代表としてオリンピックを戦ったのですが、幼少の頃から、ことあるごとに 「私って、アメリカ人なの?日本人なの?」 と母や自分自身に問いかけては、悩んでいました。
自分でアメリカ人と思えば、日本人として扱われ、またその逆のこともあったりと、文化と自分のはざまを行ったり来たりしていた自分が、もどかしく思えることもありました。

ところが代表選手となり、オリンピックで戦う頃には、自分の中にあった 「アメリカ人」 「日本人」 へのこだわりは無くなっていました。
確かに代表となれる国は限定されてしまうけれども、どこの代表としてということよりも、どんなプレーヤーとして、あるいは一人の人間として、オリンピックに臨むかにこだわることの方が、はるかに価値のあるものだと思ったのです。

スポーツを軸として人が作り出す、筋書きのないドラマの舞台、オリンピック。 何が飛び出すか、とても楽しみ。


(デイリースポーツ'98.2.10)
ヨーコ・ゼッターランドのスポーツ東西見聞録より

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