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先週、ラグビーの7人制の大会を見に行ったことにつて書きました。
のほほんと秩父宮ラグビー場をあとにしたところまでは、ごく普通にラグビー観戦をし、フィジーチームの華麗なテクニックに感動し、初めて見るニュージーランド・オールブラックスのウォークライに魅せられた1日でした。
しかし、1週間が過ぎ、少し興奮もさめてきた今日このごろ、何よりも私の記憶の中に鮮やかによみがえってくる場面があります。 それは、7人制大会の最後の試合、決勝戦のフィジー対ニュージーランドのゲームを見ていた時のこと。
私の後ろには、大学時代の同級生で現在は神戸製鋼、そしてジャパン代表のスクラムハーフとして活躍している堀越くんが座っていました。
久々の再会でたわいのない会話を交えつつ、試合に見入っていた時、ふと彼が言ったひとことは私にとって鮮烈でかつ、衝撃的なひとこととして、私の脳細胞の中に刻み込まれました。
「あいつらはさー、死ぬ気でラグビーをやっているんじゃないんだよな。 相手をさ、殺す気でやってんだよ」。
ああ、そうなんだ。 今、私の目の前で繰り広げられているのは殺し合いなんだ。 相手を葬り去らなければ、自分が葬り去られる。 だから、攻める手を決してゆるめることがない。
相手の息が完全に止まったことが確認されるまで、その攻めは続く。
だから、試合がスタートした瞬間から、ノーサイドのホイッスルが鳴り響き渡るその時まで展開されるラグビーは常時、とても攻撃的なものなのです。
たとえディフェンス側になったとしても、それは “守る姿勢の守り” ではなく “攻めの姿勢の守り” という形をなしています。
私はそのド迫力に、初めのころは 「うーん。スゴイ・・・」 とうなるばかりでしたが、しまいにはだまり込んでしまいました。
「日本の選手はみんな “必死” でやるから勝てないんだよな」 と、再び堀越くんのコメント。
これが選手たちの試合に対する情熱とか一生懸命さ、ひたむきさについて疑問を投げかけての言葉ではないことは、私はよくわかりました。
日本の選手と外国チームの選手たちとの、戦いに対するメンタリティーの、決定的な違いを示唆していたのです。
外国チームの選手は、体格が良いとか体力があるとか、スピード、パワーが上回っている部分がとかく強調されがちですが、その物体を動かす
“マインド&ハート” の凄さを見せつけられた思いでした。
(デイリースポーツ'98.4.28)
ヨーコ・ゼッターランドのスポーツ東西見聞録より
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