|
私はこのごろ、日本人の生活の中に、どれほどスポーツというものが密着しているのだろうか、と考えることがよくあります。
この半年近くの間に日本でプレーをし、リーグ戦やオールスター戦で会場入りする際にふと、入場チケットはいったい、いくらするのだろう、と売り場の方に目をやって思わず、腰を抜かしそうになったのを覚えています。
おそらく日本のトップアーティストといわれる方たちのコンサートチケットとほぼ同額か、それ以上の値で売りに出されていたと思います。
チケットの代金の中にはおそらく、体育館使用料や維持費、人件費といったもろもろの費用が含まれているのでしょうが、この値段で、はうっかり友達に
「試合があるから見に来てね」 なんて言えないし、今どきの小、中学生がどれほどのお小遣いをもらっているのかは知りませんが、気軽に誘い合って連日、試合を見に行くことなんてしないのではないか、と思いました。
私ならば、どうしても見逃したくない試合でもない限り、ちょっと躊躇(ちゅうちょ)してしまうと思います。
幼少のころ、6年間サンフランシスコに住んでいたのですが、母とよく近所の公園内にあったレクリエーションセンターに行っては、トランポリンをしたり、テニスやバレーボール
(このころはボール拾い専門) に夢中になっていました。
公共の施設で、建物自体の充実度はあまり良いとはいえませんでした。 バレーボールのゲームをするのにも得点板がなく、私の母はたまりかねて、手作りのパラパラとめくるスコアボードを持参し、それがその後7、8年ぐらい使用され続けた、などというような状態でした。
その代わりといってはなんですが、面倒な手続きを取る必要もなく、入場料を払うこともなく、大人から子供まで施設を利用することができました。
1週間のスケジュールの中に、この日はバスケナイト、この日はバレーボールナイト、と組み込まれていて、来られる時に、来たい人が集まって、プレーを楽しめる気軽さがありました。
その日その日のアスレチックディレクターが時折、体育館の様子を見に来るだけで、時にはのぞきついでに一緒にプレーしたりなどと、ちょっとアバウトなところもあったりしましたが・・・。
20数年前当時のサンフランシスコに、このような施設が100近くあったという話を後で聞き、アメリカのスポーツに対する考え方の底辺の大きさに感心しました。
スポーツを見に行くのも、自分でするのも気軽にできることから、競技に対する親しみがわいてくる、と確か大学時代のスポーツ経営学の授業で学んだことを思い出しました。
早く、日本も生活に密着したスポーツが根付くといいですねぇ。
(デイリースポーツ'98.5.19)
ヨーコ・ゼッターランドのスポーツ東西見聞録より
|