Atlanta 1996 that night,She has written on the back of her right hand ,in japanise "Make everything possible"
母子2代で皇后杯を手にできた
ビーチバレー解説で先輩方に励まされた


私はバレーボールを始めてから、今日に至るまでの間にずいぶん多くの方々からお便りをいただきました。人それぞれ違う性格を持ち合わせているように、それら手紙の内容も実に多種多様で、他人が自分のことをどういう角度から、どのような目で見ているのか知ることができます。

いただいたお便りから人の輪が広がったり、私自身が励まされたりしたこともたくさんありました。 高校生のころは同世代の子たちからの手紙が多く、「テレビで見てカワイイと思った」とか「ショートカットでかっこいい」などといった、今振り返ってみるとほほえましい内容のものが大部分を占めていました。 高校当時は、「頑張って!」という率直な表現がうれしくて、授業中に先生の目を盗んではせっせとお礼の返事を書いていたものです。

それから約10年、ダイエーでプレーをしている私は、プロの選手として今まで以上に勝負へのこだわりと、より高レベルで洗練された技術を追求するべく、日々白球を追い続けています。 現役プレーヤーとしての生活は永遠に続けることはできないという現実を、以前にもまして強く目の前につきつけられている今、バレーボールに対する思いや私の手に触れるボール、この一瞬そして一球たりとも無駄にはするまいという思いを抱いてコートに立っています。

Vリーグが終了して間もなく、私の手元に二通のメールが届きました。 別々の方からいただいたメールはコピーをとり、私のスクラップブックの中に綴じてあります。  一通は試合の理論に着目したもの、もう一通はゲームを通してにじみ出る人の内側に秘めた想いについての感想でした。

私は自分がセッターだから言うわけではありませんが、ゲームの成否は8割方、セッターが握っていると思っています。 地味なポジションで表だって評価されることは少ないですが、私は自分の「職」にこだわりを持っています。 ゲームの組み立てや、自分の持ちゴマの動かし方、相手との心理的な駆け引きなどといったセッターの職の質をはるか上のギャラリー席より鋭い目をもって評価して下さったことに驚きもし、またとてもうれしく思いました。

もう一人の方は 「天才セッターと呼ばれた人は多いけれど、魂を込めたトスを上げるのは世界であなただけだと思う」 というメッセージ。 たとえ数は少なくとも、私の目指すものを感じて理解をしてくれる人たちの存在が私を支えてくれる大きな柱となっているのです。 必ず見てくれている人はいるのだと思うと今日もファイトが湧いてきます。
 

(デイリースポーツ'98.5.5)
ヨーコ・ゼッターランドのスポーツ
東西見聞録より    

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