Atlanta 1996 that night,She has written on the back of her right hand ,in japanise "Make everything possible"
個性的なベジャール氏のバレエも伝統が基礎
女性選手が円熟するのは25歳を過ぎてから


先月の末、友人を羽田空港まで迎えに行くけっこう快適なドライブ中、私の電話が鳴ったので出てみると知人の記者の方でした。

「第6回Vリーグから女子の外国人選手枠がゼロになることが決定したそうです。コメントを・・・」 と言われた時、 「へー、そうですか。 それじゃまた一歩世界レベルから遠のくんですね」 といった内容のものをもっとドぎつい言葉で返答しました。 枠をなくすにあたっての理由というのがまた実におもしろいものでした。 このままいくと外国人選手の陰にかくれてアタッカー(大砲)も育たないし、セッターも育たない。 私に言わせると 「育たない」 のではなくて 「育てられない」 と言った方が正しい気がするのですが、いかがでしょうか。

また、外国人選手に関してももっと有効な活用法があってよいはずです。例えばアタッカーが育たないのは、選手間の競争がないからです。 指導者も競争をさせないし、選手もその意識がうすらいでしまう。 こうなってしまうと助っ人依存型になってしまい、外国人も日本人も共倒れとなってしまいます。 世界級のエースと互角に勝負できる、あるいはそれを上回る日本人選手が登場して初めて世界で通用する選手が生まれるのです。

セッターが育たないのは、頭の中でゲームの組み立てをする訓練をさせないところから来ています。 ただ単調に助っ人にトスをあげているだけで、トスの質にも工夫がないし、他の選手のからみもなし。 この結果、ターゲットとなった助っ人はへとへとで決定力が低下、セッターの技巧が問われることもなく、思考回路はショートしっぱなし、残り4人のアタッカーはただコートの上に立ちつくすのみ、という図式ができます。

国内リーグで外国人と対戦しなれていれば、国際試合で戦ってもその高さやパワーに驚くこともないですし、彼女らの攻略方法を熟知できるチャンスの場であるはずなのです。 第一、国内リーグで外国人選手の一人や二人を手玉にとれなくてどうするのでしょう。 世界に出ていけばネットの向こうには6人もいるというのに・・・。

他の競技でも外国人選手については賛否両論のようですが、日本選手と共存してともに向上していけるシステムは必ず存在すると思います。 明治維新のころ、積極的に外国の良いところを取り入れていた時代に 「ザンギリ頭をたたくと文明開化の音がする」 と言っていました。 もうじき21世紀というのに協会の扉をたたくとスポーツ退化の音が聞こえるのは私だけかしら?


(デイリースポーツ'98.8.9)
ヨーコ・ゼッターランドのスポーツ東西見聞録より    

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