Atlanta 1996 that night,She has written on the back of her right hand ,in japanise "Make everything possible"
感動 !! 甲子園 !! 控え選手の大切さは同じネ
協会の扉をたたくとスポーツ退化の音が聞こえる


先日、練習を終えて夕食をとりながらテレビのチャンネルをがちゃがちゃとまわしていたら、ひとつの特集に目がとまりました。 フランスの舞踏振付師で自らのバレエ団をも持っているベジャール氏の来日公演のインタビューでした。

ざん新なバレエを創り出す彼は伝統破壊主義者と呼ばれているそうですが、そう呼ばれることについてどう思うかという問いに 「私は伝統を壊したりはしない。 なぜなら伝統なくしてモダンはありえないからだ」 とバッサリ。 ベジャール氏のバレエ団の団員たちは日本も含む約9ヵ国から集まってきているそうで、国際色豊かなメンバーたちに、ベジャール氏が団員に求めるバレエとはどんなものかという質問がされました。 彼らは異口同音に「自分自身を出すこと」と答えていたのが印象的でした。 数分間のインタビューでしたが、同氏のクリエイターとしての無限性と一団を率いるリーダーとしてのスケールの大きさを十二分に物語っていた気がします。

今回の原稿を書くにあたって、スポーツとは畑違いのバレエ、いわゆる芸術を元手にしました。確かに表面的な部分だけで見れば共通性を見いだすのは難しいですが、より新しいものを生み出していこうとする時、あるいは非常にレベルの高いものをつくり出そうといった場合、そこに存在する発想や必要性は不思議と一致することが多いことに最近、遅ればせながら私も気が付くようになりました。

スポーツの技術を言葉で表現するときも 「クラシック」 「モダン」 スタイルと言うことがあります。 これらを基礎と発展として置き換えることもできると私は考えます。 完成度の高いスタイルを確立していこうとする時、このふたつの要素は表裏一体となって必要性を増します。 ベースをぬきに発展はありえないし、高度な応用があるがゆえに基礎はその中により鮮やかな形を浮きあがらせてくるものです。 ひとつの分野の最先端を行くものは時として 「ぶち破り型」 として見られることが多いですが、その反面、固く 「オキテ」 を守っているものです。

そして、スポーツにおいても良いリーダーの存在は不可欠です。 そのリーダーの器の大きさによって、個々にもっているものが無限に引き出されてひとつの完成品にむかって織り成されていくか否か分かれると思います。 強烈な個性が集まっていればいるほど、それらの角をけずって仕上げていくのは至難の業ですが、魅力的なものが誕生する要素はたくさん存在しています。 頂点に立つ人の哲学や理論について改めて考えさせられた特集でした。 


(デイリースポーツ'98.8.16)
ヨーコ・ゼッターランドのスポーツ東西見聞録より    

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