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ちょっとご年配の方ならバレーボールファンならずとも一度ぐらいは 「東洋の魔女」 という名前を耳にしたことがあるかと思います。
1964年の東京オリンピックで初めてバレーボールが正式種目となり、この大会で故大松博文監督率いる全日本女子チームが金メダルに輝きました。 回転レシーブという技をひっさげて大舞台で戦い、栄冠を勝ち取ったこのチームにつけられた名前がこの 「東洋の魔女」 でした。
私の母から聞いた話によるとこのチームの金メダルを獲得するまでの過程がオリンピック後にドキュメンタリーされ、それは多くの人々の感動をさそったとか。 実を言うと母も東京オリンピックには出場しなかったのですが、その4年前の世界選手権大会では日本代表メンバーのひとりとして大松監督の練習を体験しています。 当時を振り返って、ちょっとエピソードでも聞かせてよ、と言うと 「そうねエ・・・」 と、いくつか話してくれました。
大松氏は監督でありながらも自らコートに立って選手たちに練習をつけたことや長時間に及ぶ、厳しい練習の中にもどこかユーモアも生まれる余裕のあるチームだったことなど聞いていると、世界の頂点を目指して汗まみれになりながらも競技そのものを十分にエンジョイしている様子が目に浮かんできました。
東京オリンピック後、いくつかのスポーツがドラマ化されたり、アニメ化されたりしてお茶の間に流れたこともありました。 「巨人の星」 や 「あしたのジョー」 「スクールウォーズ」 などを見ては私も飛雄馬のお姉さんのように毎回涙を流して感動し、「よっしゃ。明日もがんばるぞ」 と思ったりしたものです。最近はとんとこのような 「スポーツ根性物語」 のようなものを見かけないのは時代の流れだからなのでしょうか。
近年の日本のスポーツ界も欧米諸国に負けず劣らず科学的トレーニングを競技の中に組み込んでいます。 栄養学的に見ても戦後まもない日本の食糧事情と現代を比較してみればその違いは一目りょう然です。 環境には恵まれているはずなのに、なぜ日本のスポーツは衰退してしまっているのでしょう。
今どき 「根性が足りん!」 なんて言ったら 「ださーい」 と一笑されそうなご時世だけど、私はこの大事なものが今一番欠けているのではないかと思います。 そして根性という言葉の本質も時の移り変わりとともにわい曲した形でスポーツの中に定着してしまった気がします。
スポーツは根性や忍耐だけでは勝てないし、人間のやっていることだから科学的な練習だけでも不均衡になってしまいます。人間的側面と科学的側面の調和について考えてみた週末です。
(デイリースポーツ '98.9.6)
ヨーコ・ゼッターランドのスポーツ東西見聞録より
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