Atlanta 1996 that night,She has written on the back of her right hand ,in japanise "Make everything possible"
観衆で感じる各国の隠れた深み
イチロー選手の驚くべき対応能力の高さ


天高く、馬肥えどもヨーコ痩(や)せゆく秋・・・。     そう。 実りの秋の日本で食べ物をおいしくいただいているにもかかえわらず、来るべき冬のシーズンに向けての練習で大量にカロリーを消費してしまっているためにおこっている現象といえましょう。 ま、余分な脂肪が落ちて 「ナイスバディ」 となれば何も問題はありません。 景気が悪いとか、世の中が物騒になったとかいってもこうして食を堪能し、スポーツをやっていられるということは、やっぱり日本って平和なのネ、と思わずにはいられません。  

私は海外遠征に行くと必ず、その国のお金を少し記念にとっておくことにしています。 お札を2枚ぐらいと珍しいコインもあればそれらを数枚残して遠征から帰ってから写真と共にアルバムにはりつけています。 バルセロナ五輪の時に発行された穴あきのペセタには五輪のマークがえがかれていたので思い出の一品として身につけられるようにピアスを作りました。    

11年前に参加したユニバーシアードは旧ユーゴスラビアのザグレブで開催されました。 大会中の休日にチーム付きの人と一緒に市内にショッピングにくり出し、銀行でかえた紙幣は現在はもう使われることはなくなってしまいました。 ボスニア紛争ぼっ発後アルバムにはった写真と1枚のお札を見るたびに、なつかしい思い出と共にユニバーシアードにボランティアで来てくれていた彼女たちはどうしているのだろうと胸がしめつけられる思いでした。  

今、考えると初めて見たヨーロッパの街はザグレブだったのです。 緑が深い、石造りの町並みからは私が当時頭の中に描いていた社会主義国の暗い部分といったものはみじんも感じられず、午後の日差しをうけてカフェを楽しむ人たちを見て、なんてステキなところなんだろうとしばらく公園のベンチに座ってその雰囲気を楽しんでいました。

もうひとつ、ユニバーシアードの思い出となったのはテレビ出演をしたことでした。 企画の内容は何カ国かの選手たちをスタジオによんで、大会の印象や各国のお国自慢について語るというものでした。 それも英語で・・・。(当時は今ほどは英語がしゃべれなかった) トホホ、と困りつつもナゼか迎えにきた車に旧ユーゴの男子バスケの選手2人と乗り込みスタジオへ。ドキドキしましたが、楽しい時間でした。

かつてはひとつであった国が、今は姿を変えてしまいました。 またいつの日か、スポーツの大会ができるような、のんびりとした平和な日々が戻ってくることを願わずにはいられません。


(デイリースポーツ '98.9.20)
ヨーコ・ゼッターランドのスポーツ東西見聞録より    

観衆で感じる各国の隠れた深み
イチロー選手の驚くべき対応能力の高さ

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