Atlanta 1996 that night,She has written on the back of her right hand ,in japanise "Make everything possible"
本物を見極めるファンは選手の活性剤
ブラジル・バレーボールの“舞”ぜひナマ観戦を


これは先週の出来事。 練習に行く前の朝はぎりぎりの時間まで睡眠をむさぼっている私です。 とくに目覚まし時計が鳴るまでのラスト20分ぐらいがぬくぬくとフトンの中でくるまっていられる幸せな時。 そんなひととき電話が鳴れば 「むっ」 とするのは決して私だけではないはず・・・。  

その朝の電話を取った私はかなり不機嫌な声で 「はい?」 と返事をすると、聞こえてきたのはFAXの受信音でした。 こんな朝っぱらから何よぉ、とテロテロ出てくる用紙を見ていると、そこにはスケジュールらしきものと英文の手紙。 誰かしらんと読んでいると再び電話がかかってきたので、取ると朝からおさわがせの張本人の母でした。 「ヘリエットさんが日本に来ているの。 すぐに連絡をとって」。 

再びFAXに目をやると手紙の最後のところに “Love Harriet” となつかしい名前が記されていました。 それは私の機嫌を治してくれるのには十分すぎるほどのものでした。 

「必ず、いつの日かあなたたちに会いに日本に行くわ!!」  と涙ながらに玄関先でヘリエットさんが見送ってくれたのは2年前の夏でした。 アトランタ五輪の時、日本から娘の晴れ姿を見に来た時に滞在先のホストファミリーになってくれた女性でした。 

ヘリエットさんがホストファミリーとなる際に協会に出した希望は 「インターナショナルな家族がいい」 ということでした。 特にどこの国というこだわりはなかったそうでしたが、協会の方から 「家族は日本人だけれども選手はアメリカ代表ですよ」 と連絡があった時は願ったりかなったりだと思ったワ、と後で語ってくれました。

母は滞在させてもらった一週間の間、本当によくしていただいて、私も安心して試合に専念できました。 オフの日を利用してヘリエットさんの所をたずねた時、私が前もってプレゼントしたUSA、2番のユニフォームを着て、赤、白、青とアメリカ国旗のカラーの風船をいっぱい手にもってヒマワリのような笑顔で迎えてくれました。 庭で一緒にいただいた朝食のおいしくて楽しかったこと。

このことをきっかけに彼女は大いに日本に興味をもつようになり、今回日本からの留学生ホームステイのプログラムを奨励するグループの中心となり、生徒募集のパンフレットをもってアトランタから海を越えてやってきました。 もしバレーボールでオリンピックに行っていなかったら出会うことのなかった人と再会を果たし、私が育った国に来てくれて一緒に食事をする。 おはしを嬉しそうに使う彼女を見ながら人の縁の不思議さ、素晴らしさを感じていた私でした。


(デイリースポーツ '98.11.8)
ヨーコ・ゼッターランドのスポーツ東西見聞録より    

本物を見極めるファンは選手の活性剤
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