Atlanta 1996 that night,She has written on the back of her right hand ,in japanise "Make everything possible"
指導者にはセンスより熱意が大切では
中国の「聖域」に足を踏み入れた!!


気が付けば街はジングルベルが鳴りひびく師走。 ボケッとしているうちにこうして1年は過ぎてゆく・・・。 もっと日々を大切にすごさなくちゃ、と反省しつつもフトンにくるまり、旬のみかんを口にほおりこむことはやめられません。  

中国ナショナルチームの本拠地である北京から戻って1週間がたちました。 中国チームと対戦して初めはコテンパンに負けてばかり。 ネット越しに見る彼女たちはニッコリ笑う余裕さえあってこちらは 「くーっ」 っという思いでしたが、日がたつにつれあちらも私たちと同じくらいゼーハーするような展開になってきました。 二度ほど追いつめたもののセットはとれなかったのが心残りでしたが、全体を通して実りのあるものになったと思います。

私たちがプレーをした体育館は中国政府の体育館の敷地内にあり、男女バレーボールとバドミントンがメーンに使用しているとのことでした。 日本のシステムの中でこれをおきかえると文部省の管轄か、体育協会のテリトリー内というところでしょうか。 中国ナショナルチームに選ばれた選手たち、またその候補者たちはそれぞれの所属しているチームを離れ、国際大会が多く行われる4月から11月下旬ごろまで北京をベースに活動をしているとのことでした。     
私たちが遠征を終え、明日帰国するという日の夜、2,3人の中国選手が滞在先のホテルに来たので小1時間ほど話をするチャンスがありました。 もちろん通訳付きでしたけど。 一番印象的だったのは 「練習は大変か」 という、ごくありきたりの私の質問に対して 「ええ。でもこれが私たちの仕事だから」 と19歳の選手がきっぱりと答えたことでした。
まだ、あどけなさが残る表情の中に一国の代表であるというプライドと自覚が浮かんだ一瞬でした。 それは8年前に私が初めてUSAチームのホームコートに立った時に全身をかけぬけた思いを再び呼びおこしてくれるのに充分なものでした。

夢にまで見た代表チームのコートにやっとたどり着くことのできたある種の達成感の中に感じた誇らしい気持ち。 私に夢を与えてくれた人たちと同じ側に今度は自分が立つことになるのだと思ったら、胸に着けた星条旗がどれほどに重厚な意味を持つのかあらためて実感したのを覚えています。 誰に言われたのでもなく、頼まれたわけでもないけれど私はチームの一員としてチームの存在を特別なものにする使命があると思っていました。 

手に届きにくいものを手に入れたいと思うから夢が生まれる。 それを創(つく)り出すのが我々代表選手の 「仕事」 なのです。


(デイリースポーツ '98.12.6)
ヨーコ・ゼッターランドのスポーツ東西見聞録より    

指導者にはセンスより熱意が大切では
中国の「聖域」に足を踏み入れた!!

Copyright(c) 2000-2008 Yoko Zetturlund All rights reserved  無断転載を禁じる