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ただいまVリーグのシーズン真っ最中で私は日本全国バレーボール行脚といったところでしょうか。 週末に試合が入っていると早めに現地入りをするため、ほとんど神戸にはいない状況です。
「日本中をあちこち移動して試合をするなんて大変ね」 とか 「今年はスケジュールがきついみたいだね」 と同情をされることもありますが、これぐらいの日程は序の口・・・。 まだカワイイもんです。 だって日本の端から端まで移動したとしても飛行機なら、せいぜい2時間ぐらいですし、おまけに時差もありません。
時々、あんまり早く到着するから、もう少し長く移動に時間がかかれば昼寝ができるのに、なんて思ったりもします。 そこで今までの私の選手生活の中での 「究極のスケジュール」 を御紹介しましょう (もちろん上には上がありますが)。
今から3年前、アトランタ五輪後にグランプリという大会がありました。 アメリカチームは都合により1週目のリーグはわずか9人で臨みました。 私が正セッターで出場することになり、控えのセッターはリベロというレシーブ専門の選手に指定されてしまいました。 大会のルールでこれに従わねばならず、人数不足だったアメリカチームはアタッカーを指定するわけにはいかず、仕方なくセッターを指定するはめになってしまったのです。
この週末、私の正セッターとしての仕事はうだるような暑さだったジャカルタの気候の中で、初めて3日連続フルセットを1度も交替なしで戦うことになりました。 このシリーズでは最終日のすべてのイベントが終わったのが真夜中。 ベッドに入ったのが2時。 4時に起きてひとり空港へ行き7時の日本発の便にのりこみ、成田着が夜8時。 実はこの年の冬にプレーすることになったチームが私の技術などを見たいというのでアメリカチームよりひと足先に日本入りをしたのです。 この日は午前1時就寝。
翌日から2日フルに練習し、その後大阪でアメリカチームと合流して再び週末の3日間は3連戦。 この大阪シリーズで優勝して少しホッとし、人間って自分が自覚しているよりもすごいパワーを体の奥底に持ち合わせているもんなんだなぁ、などと考えていました。
ここに挙げた条件を見ると、多少ゆずったとしても私にとって試合をするためにはあまり良くなかったと思います。 でもこれを克服して好結果を残したことは大きな自信になりました。 修羅場をくぐり抜けた人間は絶対的な芯 (しん) の強さができてくるのです。
だから私は 「修羅場」 が好き。 ぬくぬくした環境で過ごす人生なんて何の刺激もないもの。 「人生劇場」 はドラマチックに演じないとネ。
(デイリースポーツ '99.01.17)
ヨーコ・ゼッターランドのスポーツ東西見聞録より
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