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ヤケに風が強いなぁ、と思ったらやっぱり春一番だったか・・・。
今年もまた巡ってきたんですね、心躍る季節が。 3月生まれの私はこのころになるとミもココロも蕾(つぼみ)から一気に満開の薄桃色の世界へと引き込まれていくような、柔らかさの含まれたエネルギーにみたされていくような気がしてきます。 これは今から50年たってもきっと変わらない(と、思う・・・)。
春が来ると特別に何か、ということは決まっていなくとも、なんだか新しいことがあるのではないかという気がしてきて、新しいもの好きの私はわくわく、そわそわしてしまいます。 そして時にはそれを決めて脱兎(と)の如く、外へと飛び出していってしまったりなんかもして・・・。
8年前の春、ホントにそうしてアメリカに行ってしまったのですが、今考えてみてもとてもよかったと思っています。 最大の目的はバレーボールをすることであったのですが、どっぷりと生活までもつかってしまったことによってバレー生活に対しても自分の人生観もそれまでもっていた 「常識」 が大きく変わっていくように感じていました。
12歳から22歳まで日本でプレーをしていて、何があっても自分の思うままに道を進んではいたもののどこか、窮屈な気持ちがあったことも否定できません。 もっとはっきりと言葉にしてしまえば日本にあった 「限界の常識」 なるものに、そしてややもするとその中にはめこまれてしまいそうになることに対して反発を覚えていたのかもしれません。
日本のスポーツ界を見るとこの数年の間に外国へ出ていってプレーを続けるアスリートたちが少しずつではありますが増えてきました。 「限界の常識」 にとらわれてみれば肉体の限界であるはずのサッカーのラモス選手、年齢の限界と言われる三浦和良選手のほかにも日本での常識をくつがえしてメジャーリーグやセリエAといった各競技で世界のトップといわれるシステムの中で堂々と戦い続けています。
時折、テレビでインタビューに答える様子を見ると息をはずませ、目に強い力をみなぎらせている姿が映しだされ、何ともいえない充実感を与えてくれます。
何をもって限界とするのか、何が常識というものなのかを問うという行為などまったく無意味に思えてきます。
何のためらいもなく、ただひたすら自分の求める答えに向かってツキ進んでいくこと、チャレンジし続けていく 「限界のないことの常識」 も存在するところがあると確信を深めるこの頃です。
(デイリースポーツ '99.03.07)
ヨーコ・ゼッターランドのスポーツ東西見聞録より
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