Atlanta 1996 that night,She has written on the back of her right hand ,in japanise "Make everything possible"
多くのことに出合える環境に感謝
居心地よかった !? ホワイトハウス


日本ではいまだに不景気のまっただ中のようで、あまり回復に向けての明るいニュースは聞くことがありません。 これと平行して、まるでブームでもあるかのように、次から次へとスポーツクラブチームが休部や廃部になっていっています。

一つの企業だけに頼らず、ファン(市民)の人たちで何とか支えていこうという運動や、いくつかのスポンサーを集めてチームを存続させていく方法を取る、などの動きがありますが、現状はなかなか厳しいものがあります。

今、ここで 「スポンサー」 という言葉をつかいましたが、今週は私がアメリカに行って知ったスポンサーと選手、そしてチームのちょっと複雑な関係についてお話をしたいと思います。

ナショナルチームに在籍していた時、私たち選手の給与はUSOC(米国オリンピック委員会)から支給される競技団体の運営金と、スポンサー各社からの援助金でまかなわれており、ユニホームやシューズは現物支給されていました。 チームの衣服に対する規則は大変厳しく、練習や試合で着用するものはもちろんのこと、移動中の私服であっても、他のメーカーの製品はいっさい着用禁止でした。 うっかりくつ下などに違うロゴが入っているものをはいてしまい、罰金をとられたこともありました。 と、ここまではごく当たり前のスポンサーと1チームの関係が成り立っています。

私たちのチームはチームの経済事情に加え、選手個人にとってもプラスになるということで個人のスポンサー獲得も奨励していました。 ただ、ひとつ問題なのはそれがチームスポンサーのライバル企業というケースもでてきて、さまざまな制約が生じてくることがあるのです。

例えばA社がチームスポンサー、B社が個人スポンサーで両社が一人の選手のポスターを作製することになったとします。 A社は選手のタイトルを 「USAチーム銅メダリスト、××選手」 とできますが、それに対しB社は 「バレー選手、オリンピック銅メダリスト、××選手」 としか広告できません。 もし、B社が 「USA」 のタイトルをつけたいと思えばチームに対してもスポンサー料を支払わなくてはならなくなる、という具合です。 スポンサー獲得も大変ですが、多く獲得できた場合でもそのバランスのとり方が難しくなっていることもあります。 

何にせよ、私たちの生計が成り立つのはほかならぬスポンサー方の存在があるからだということを常にいわれてきました。 そういう方たちに納得していただくためにも結果を出すこと、頂点に立つことが、プロの仕事のひとつだということも徹底してたたきこまれたのです。


(デイリースポーツ '99.03.21)
ヨーコ・ゼッターランドのスポーツ東西見聞録より  
 

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