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私のオフ期間もそろそろ終わりに近づいてきました。 思いきりプレーをしている時が一番充実していて最高の時間であることに変わりはありませんが、オフ期間も思いきり羽をのばすこともこれまた最高なのです。 何よりもなかなか会えなっかった友人に会えたり、会うことはあってもじっくり話すことができなかった人と夜を徹して語りあったりできることが、またいい仕事をするための活性剤なんですね。
家にいながらほとんど親は娘の姿を見ないので、「アラ。帰っていたの」 などと言われてしまうほど、どうも私はでかけているようです。
こんなような毎日のうち、とある一日のこと。 ラグビーのオーストラリア遠征から戻った友人が 「メシ、食おーぜ」 と約束どおり連絡をくれたので、私のトレーニング後、待ち合わせて食事をしつつ遠征の成果や今後の展望など聞かせてくれました。 しかもおミヤゲまであるというではありませんか!
チョコレートだ、というのでやはり私は食いもんのイメージなのかしら、と思いつつチョコには目がないのでうきうきと差し出された紙袋を受けとろうとすると 「スウォッチも入ってるからさ」 と言うので私がハテナ顔をしていると 「ほらー。来年オリンピックあるだろーが。頑張れヨ」 と、袋から取り出したスウォッチ時計には ”SYDNEY 2000” とデザインされていました。 それを見た時、何となく私の記憶の中で静かに動いていたものが一気に覚醒したかのように押し寄せてきたので心臓がひとつ大きく鼓動したのがわかりました。
私が前回シドニーを訪れたのは6年前。 8月のシドニーは真冬でした。 チームと合流するためロスを夜10時に出発して、17時間ノンストップの一人旅。 翌々日の朝6時に到着して、ねぼけまなこをこすりつつクアラルンプールからの便はどこのゲートに着くのかと聞くと 「ゲート・アイ」 と教えてくれたので 「Iまでゲートがあるなんて、デカイ空港だ」 と歩いていくと・・・。 ない。 そうです。 ここはオーストラリア。 ゲートA(アイ)はあるけれどゲートIはないことに気がつき、もときた方向へ引き返してゆきました。
翌日、シドニーの街中で190センチはあろうかと思えるスリップドレスを着たニューハーフの前をチームメートとジョギングで通りすぎながら 「この中で何人シドニーオリンピックまで残るかな」 と話していたのがつい昨日のことのよう。 友人にもらった時計の五輪のマークを見ながら、心に聞こえてくる声に気持ちを傾けていた春の宵でした。
(デイリースポーツ '99.04.04)
ヨーコ・ゼッターランドのスポーツ東西見聞録より
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