バレーボール選手としての生活にひと区切りをつけて約半年が過ぎた昨年の暮のこと。 ひょんなことから1900年代最後のホノルルマラソンに出場することになり、4年ぶりにオアフ島に降りたった。
「ホノルルに行かないか」
と打診されたのが8月。 行く、と返事をしてからフルマラソンだという内容を聞き、内心しまった・・・。と思ったものの、一度やると決めたのだからと翌日から走り始めた。 それまでの私が走った最長距離は、中3の時の8kmが最高だ。 フルマラソンはその5倍か、 と考えたとき、照りつける太陽のせいもあってかくらくらしてしまった。
バレーボールは瞬発力と持久力の両方を必要とする競技だが、ラリーが続いたとしてもほぼ1分以内には終わる。
ランニングも良いけれど、最近は愛車ハリアーで出かけるドライブが大好きだそうです。とにかく一人で運転をしながら大声で歌を歌うのが大好きだそうで、先日もドリカムを次から次へと歌っていて、気が付いたら、なんと横須賀辺りを走っていて、かえり道がわからなくなってちょっと困ったそうです!!!
この日は 愛車に乗ってお台場へ、ちょっと遅めの昼食をとりました。
それに耐えうる心肺機能づくりには1マイル(1.6km)を全力疾走するので充分だ。 42.195kmは私の想像の域をとっくに出てしまっていたため、不安をいだくものなのか、あるいは体力にものをいわせて少々自信をもってもよいものなのか、私の脳細胞はコンラン状態におちいってしまった。 マラソンの前哨戦として神戸ワイン城駅伝で花の2区? (たった1.8kmだったけど) を走り、増田明美さんが「大丈夫、きっと沿道の声援に励まされて完走できるヮ」とアドバイスしてくださった言葉を信じ、12月12日午前5時に放牧された羊の群れのような人々と共にスタートを切った。 私にとっては久々に未知の世界へ足をふみいれたことになる。 5時間43分29秒後、ゴール地点に戻った私は何とも言えぬ達成感と共に、このマラソンに自分が求めていたものが明確にわかった。
「新しい自分を見つける勇気をもつこと」
人は年を重ねるごとにどうも守りに入る傾向にあるようだ。築き上げてきたものを失わないよう、一種の防衛本能が働くからだろう。 スポーツではよく 「攻撃は最大の防御なり」 と言う。 人生もまたそうなのではないかと思う今日この頃である。
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